2011年04月10日 所長ブログより

4/12修正)ミネラルウォーターを医療経済する

少々落ち着いては来ましたが、まだまだ品薄のミネラルウォーター。
 「放射能の水道水への影響」は前回お話ししたとおり、「環境基準値の2倍のヨウ素131が入った水を毎日1リットルずつ、3年8ヶ月間飲み続けると、大人になるまでに甲状腺がんにかかる可能性が『20,000人に1人』から『20,000÷3.15=6,300人に1人』になる」というレベルです。
 
 とはいえ、「少しでも危険があるのなら、多少お金を払ってでもミネラルウォーターを使いたい!」と考える方もいると思います。今回は、前回お話しした「健康への影響」に加えて、「お財布への影響」を評価してみます。

ものを買うときに、その値段だけを気にすることはまずないと思います。より価値のあるものならば、高いお金を払っても買いたくなるでしょう。お財布への影響を評価するときには、「かかるお金」だけでなく、「得られるメリット」も一緒に考えなくてはなりません。

 すなわち、ミネラルウォーターを買うことを「健康への投資」と考えたときに、投資に見合った効果があるかどうか、「費用対効果」に優れているかどうかを計算するのです。なおここでいう効果は、「経済効果」とは別物です。効果とは、健康上のメリット(がんにかからなくて済むとか、長生きできるとか)をさします。今回得られる健康上のメリットは、「赤ちゃんが甲状腺がんにかかる可能性が減る」ことです。

まず、選択肢を二つつくります。
水道水チーム: 「規制値の2倍、1リットルあたり200ベクレルの水道水を、3年8ヶ月間1日1リットル飲む」
ミネラルウォーターチーム:「2リットル100円のミネラルウォーターを、3年8ヶ月間1日1リットル飲む」

今評価したいのは「ミネラルウォーターチーム」の費用対効果なのに、どうして水道水チームが必要なのでしょうか?
それは、「もしミネラルウォーターを買わなかったら?」を考えればはっきりします。
ミネラルウォーターを使わない場合は、当然水道水を使い続けることになります。
ですから、「投資に見合った効果があるか?」を見るときには、「ミネラルウォーターはいくらかかって、健康上の危険性をどれだけ減らせるか?」ではなくて、
「ミネラルウォーターを使うと、『水道水と比較して』いくら余計にお金がかかって、健康上の危険性を『水道水と比較して』どれだけ減らせるか?」を評価する必要があるのです。

 このような分析(医療経済評価とよびます)では、評価したいもの(ここでは、ミネラルウォーター)に関して、「手前味噌」にならないように控え目な推計をするのが原則です。これを「保守的な分析」と呼びます。
 ミネラルウォーターに甘い条件を仮定して分析し、そのもとで良い結果が出たとしても、「甘い仮定が崩れたらどうなる?」と反論されたら、結論は崩壊してしまいます。しかし、ミネラルウォーターに厳しめな条件のもとでも良い結果が出たならば、結果の確実性は高まるでしょう。

 ただし今回は、控え目にやるとミネラルウォーターチームが大負けしてしまうので、ミネラルウォーターにかなり甘い条件をおきました。
 実際には東京の浄水場で規制値を上回るヨウ素が検出されたのは、複数ある浄水場のうちの1箇所のみ(金町浄水場)、なおかつ3月15日の1日のみです。
しかしこの結果を用いますと、ミネラルウォーターに勝ち目はありません。そこでかなり甘めの条件をつけました。具体的には東京都の水道水はすべて規制値の二倍の水準 (1リットルあたり200ベクレル) 汚染され続け、なおかつミネラルウォーターは格安で手に入るものとしました。

 細かい分析手法を説明すると長くなってしまいますので、どのような要素を組み込んだのかを、費用(お金)と効果(健康上のメリット)それぞれについて記します。

 まず費用ですが、ミネラルウォーターと水道水のコストを組み込みました。そして、甲状腺がんにかかったときの治療費も組み込みました。重症度によって治療費は20万円から100万円まで変わってきますが、ここでは手術を含む高めの医療費 (1件あたり100万円)を採用しました。甲状腺がんの治療費を高く見積もれば、それだけ病気の影響を大きく見積もることになり、結果的にはミネラルウォーターに甘めの推計になります。なお今回は医療関係のコストのみを評価するため、買い物に行くときにかかる交通費や、仕事を休んで看病をすることによる労働損失は組み込んでいません。もっとも、これらのコスト・特に看病の労働損失のコストを入れても入れなくても、最終結果に大きな影響はありません。なぜなら、甲状腺がんにかかる可能性は、最初に述べたようにもともと低いためです。
 
 続いて健康上のメリットです。
 甲状腺がんは、がんの中では比較的見込みが良好で、10年生存率は90.3%です。本来はさまざま細かな評価が必要なのですが、ここでは単純化して、「甲状腺がんを発症した人のうち、100-90.3=9.7%の人はすぐに死亡し、その他の人は10年間治療をしたのち治癒する」と仮定しました。
 健康上のメリットを評価する際に、「何年生きられたか?」の平均余命・生存年数をものさしにした場合、甲状腺がんで亡くなる人(患者1000人のうち93人)を減らす効果は組み込めますが、甲状腺がんにかかって苦しむ人を減らす効果は組み込むことができません。前者を死亡減少効果、後者を罹患減少効果と呼びます。

 後者のような生活の質の低下を、うまく組み込める方法があります。ピンピンに元気な状態を100点満点、死亡を0点として、健康状態に点数をつけるのです。海外の研究によりますと、甲状腺がんの点数は50点。「ピンピンで10年生きる」と「甲状腺がんで10年生きる」、生存年数をものさしにしたら、どちらも当然10年。ところが、先ほどの点数を使って健康状態に重み付けをしてやりますと、前者は100点満点で10年だから、100/100×10=10年。後者は50点の状態で10年だから、(50/100)×10年=5年。すなわち、「甲状腺がんで生きる10年間は、ピンピンで生きる5年と同じ価値をもつ」あるいは「甲状腺がんで10年過ごすと、ピンピンで10年生きると比べて10-5=5年分損をする」と解釈できます。この「ピンピンな状態に換算した生存年」を、「質調整生存年 (QALY)」とよびます。

 今回の分析では、このQALYをつかって、「甲状腺がんの死亡を減らせることによる寿命延長効果」と「甲状腺がんにかかる人を減らせることによる生活の質の向上効果」の双方を評価しました。

 さて、結果はどうでしょう。
 まずコスト面です。
 水道水をミネラルウォーターに変えることで、水そのもののコストは62,900円増加します。
 その一方、20歳までに甲状腺がんにかかる可能性を6,300人に1人から20,000人に1人に減らせます。新生児10,000人に水道水を飲ませるのとミネラルウォーターを飲ませるのとで、甲状腺がんの発症者をちょうど1人 (1.5人から0.5人)に減らせる計算です。1人当たりの医療費削減額は、高く見積もって900円程度。
 トータルでは62,900 – 900 = 62,000円のコスト増大になります。

 続いて、健康上のメリットです。
 1人当たりに直しますと、「寿命を延ばす」メリットが0.00033年。「生活の質を向上させる」メリットが0.00043年。二つ合わせて、0.00076年。365×0.00076=0.3日ですから、平均で「0.3日分、元気で生きられる」ことになります。

 62,000円かけて、獲得できるのは0.00076年。
 1年あたりに直しますと、62,000÷0.00076=8,300万円。別の研究のデータを入れて、甲状腺癌のリスクをもっと高く見積もっても、1年あたり6,000万円。この金額は大きければ大きいほど、「費用対効果が悪い、かけるお金に見合った健康上のメリットがない」ということになりますが、健康な1年に6-8000万円はどうでしょう?
明確な基準があるわけではありませんが、国内外の調査研究によりますと、「費用対効果に優れる」と「費用対効果に劣る」の境目は、ピンピンな1年あたり500万円から600万円。1年あたり1,650万円という「ミネラルウォーターの費用対効果」は、この数値を大きく上回っています。

 ちなみに他の医療技術はと言いますと、HPVワクチンは1年あたり200万円。乳がん治療につかう分子標的薬・ハーセプチンは260万円。禁煙につかうニコチンパッチやチャンピックス(飲み薬)は、「医療費は安くなって、寿命は延びる」結果になります。

 医療経済評価の結果のみをもって、「ミネラルウォーターは買うべきではない」とまではもちろん言えません。しかし、他のくすりや医療技術と比較した際、相当甘い分析をしても、「コストに見合ったメリット」はなさそう…というのが、今回の結論です。

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