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2011年06月03日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

携帯電話と脳

携帯電話の神経膠腫リスクを、現況のデータでたいそう大ざっぱに計算してみた。
http://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2011/pdfs/pr208_E.pdf
のなかで引用されていた、最も高い数字を使う、極端な推計。

このデータとがんセンターの疫学調査を併用して見積もると、
「ヘビーユーザーが1000-1500人くらいいると、同じ人数の非ヘビーユーザーと比べて神経膠腫の患者が1人増える」レベル。

でも、「放射能は見えない!見えないものは危険!国は隠蔽!」と
「ほんしつをみぬいてしんじつをするどくついている」ひとにとっては、
携帯を使えなくなりそうな数字。
最大限に見積もったときのリスクは、放射線より桁外れに高い
(とはいえ、絶対値では低い)。
電磁波だって見えない。しかも管轄は国だ。こんなことを書くと、また「御用学者」認定を識者から頂くのだろうか。

7月ちょい前に論文が出るようなので、また見てみよう。その時は、詳しい計算と共にのせます。

2011年05月20日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

千里眼

http://pigeon.info/bbs/topicdetail-407-3829.html

真ん中あたりのKさんによると、私は
「所謂「お抱え学者」と言われている人物です。
政府の意に沿って、原子力安全を謳い続けている人のようです。」
らしい。

3/15に初めて原子力関連の話をした、物理屋でも何でもない私が、
「お抱え学者」と世の中に認められるとは、ある意味で嬉しいこと。

たばこについてJTの訪問を受けたときも、「JTに敵視されないたばこ研究者は、研究者扱いされていないのと同じ」と考えて満足していたが、それに類する感覚。

それにしても、本人すらも知らない情報を把握しているとは、
この方の情報収集能力に感服。
むしろ、私の知らないところで「お抱え賃」が誰かに横取りされているのかしら。
だとしたら、困ったものだ。

2011年05月09日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

水道水リターンズ

「どうにもカタギにはわかりづらい」という講評があったので、若干書き換えてみました。
(以下、R氏ヘのメールから)

1. 水道水内の放射線レベルが基準を超えたのは、3/15の1日だけ。現在は、「基準値以下」でなく、そもそも「非検出」の状態。
 言ってみれば、ふだん全くたばこや酒をやらない人が、たまたま3/15だけ煙草を吸って、お酒を飲んだ。
翌日からはやってない。なのに、「たばこやお酒を続けると病気になるんじゃ」とか、不安にならなくてもよいでしょう。吸っても飲んでもいないし。
 別の例えをするならば、3/15にたまたま千円札を落としちゃった人が、「どうしよう!このまま毎日お金落としたら、破産しちゃう…」とか怯える必要はないよね。

2. 「でも、何が起こるか分からないじゃん」のために、メチャクチャ厳しい仮定を置く。
 3/15と同じレベルの放射性物質が、東京の全ての浄水場で検出され続ける。しかも、毎日1リットル水道水を飲む。そして、乳児→小児→少年となるにつれて放射線の影響は少なくなるけど、乳児(放射線によわい)の状態が長続きする。

3. 2の仮定のもとで、3年7ヶ月間水道水を飲んだ。すると、ちょうど1SV内部被曝の影響を受ける。
 乳児の水道水に関する研究で実証されているのは、小児甲状腺がんへの影響のみ。
 1SV「食らう」(つーか『飲む』)と、甲状腺がんの発症確率が「20000人に1人」から「6,400人に1人」に増える。
 さらに、甲状腺がんで死ぬ確率をかなり高めに見積もって9.7% (11人に1人)とすると、
 甲状腺がんで死ぬ確率が「20万人に1人」から「6万6千人に1人」に増える。
 
 ちょっと分かりづらいけど、別の計算をすると
 乳幼児10万人にミネラルウォーターを飲ませたとしても
 「水道水を飲んでたら、甲状腺がんにかかって死んでた。ミネラルウォーターのおかげで助かった」って人は1人しかいないってことね。
 なおかつこれは「2」の条件下。現状ではそもそも放射能が検出されてないから、上記の「おかげで助かった」人は1人も生じない。

他の原因で死ぬリスクと比較してみると(生涯リスク、米国のデータ)
http://www.squidoo.com/oddsdying#module9160831
自動車事故 1/87
建物の火災  1/1,500
熱波や寒波 1/5,000 -8,000
航空機事故 1/6,500
風呂でおぼれる 1/11,000
雷  1/50,000
鉄道事故 1/110,000
犬に噛まれる  1/120,000
隕石衝突  1/500,000

…どうでしょう?

2011年05月04日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

TreeAge

つい昨年mac版が復活した、解析ソフト。
日本のユーザー数は、おそらく20名に満たない。なおかつ、ほぼ全員が知人と思われる。いっとき「日本語の解説書が出る」なる都市伝説が流布していたけれど、結局今に至るまで実物を見ていない。

私の仕事のかなりの部分が、このソフトに負っている。
年間ライセンスを更新する度に必ずエラーが出る→無駄にフレンドリーなサポート担当(おそらく、2人しかいない)がその場しのぎの解決策を提示→一年後またエラー(以下繰り返し)の茨の道を歩んできたが、連休前にまったく動作しなくなった。

「ネットワーク管理者に、ファイルの読み書きの権限を聞いてみて」など、亜空間返答を繰り返していたが、ウェブ会議システムで何とかしてくれるという。

1回目の先週木曜日は、単なる私の勘違い。
本来設定されていた金曜日は、ネットつながらず延期。
三度目の正直で、本日開催。

聞き取りづらい&会話能力がほとんどない英語会議を覚悟していたが、音声だけでなくJAVA経由で私のマシンをそのまま操作できてしまうシステム。なかなか賢い。設定ファイルを全部消して作り直す方法で、何とか解決。ようやく、作業ができる。

2011年04月21日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

まだまだマッチポンプ

東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故で、福島県から県外へ避難してきた住民らが、心ない仕打ちを受けるケースが相次いでいる。

 長期にわたる避難生活を強いられている被災者が「人への風評被害」にも苦しめられる事態に、識者は「科学的に全く根拠のない風評被害だ」と冷静な対応を求めている。
(引用終わり)

 科学的根拠を識者が示すと、根拠不明の意見を持ってきて、「一方、××氏は『危険』と警鐘を鳴らす。専門家の間でも意見は分かれており、依然予断を許さない状況」と似非中立かつ冷静沈着な報道をしていたのは誰ですか。

 子供は、大人の真似をする。大人が煽れば、それに乗るだけ。道徳心では、絶対解決しない。

■福島ナンバー拒否、教室で陰口…風評被害に苦悩
(読売新聞 – 04月21日 14:34)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1577911&media_id=20

2011年04月14日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

その日は朝から夜だった(連投)

地震予知は「不可能」、国民は想定外の準備を=東大教授
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1569591&media_id=52
 現代の科学技術では地震の予知は不可能であるとし、日本政府は国民に対し予測不可能な事態に備えるよう呼び掛けるべきだと強調した。
(中略)
 同教授は論文で、東海地域で今後想定される地震に対する日本政府の防災計画についても触れ、3月11日に発生した東日本大地震が予測できなかったように、東海地震も予測できないとした。
 

大震災の発生「想定できた」 東大教授、科学誌に
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E3E1E2E6918DE3E6E2E6E0E2E3E39180E2E2E2E2
 大震災は「想定外」ではなく、発生日時や震源などは予測できないものの、起こること自体は容易に想定できた――。地震学を専門とする東京大教授が14日、こうした見解を英科学誌ネイチャー(電子版)に公表した。
(中略)
  こうした世界の地震活動の度合いや東北の歴史を考慮すれば、今回の震災は想定できたと指摘。福島第1原子力発電所の事故についても、設計段階で巨大津波を想定した対策を打つことができたはずだとしている。

…これ、同じ論文の引用である。
 なおかつ、どちらも間違ってはいない。記者さんの「書きたいこと」が先にあって、都合の良い部分を切り貼りするから、「その日は朝から夜だった」状態になる。

http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature10105.html
 昨日の記事もそうだが、引用記事、とくに「~はかく語りき」をそのまま孫引きするのは極めて危険。孫の世話をする前に、まず親を見よう。google翻訳もある。英辞郎もある。

2011年04月14日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

マッチポンプ

Linus先生の日記と相当被ってしまうけれど、ほぼ同意見なので、そのまま書こう。

「知識の欠如に基づく差別や偏見が広がることを専門家は懸念している。」

…場所や状況によって大きく異なる放射線の危険性について、
他のリスク因子と比べて無視できる範囲なのにもかかわらず「危険性はゼロではない」
「人体に深刻な影響をもたらす可能性もある(そらそうだ。タバコだろうが、ビールだろうが、賞味期限を1日すぎた弁当だろうが、排気ガスだろうが、可能性がゼロのリスクファクターは、そもそもリスクファクターではない)」と煽り立てる。

 まっとうなデータに基づいた意見に対しては、「両論併記」の似非平等主義を錦の御旗に、根拠の乏しい反論意見を持ってくる。挙げ句、「安全意見が1票・危険意見が10票」の多数決をはじめる。
 それでも旗色が悪くなったら、「政府や御用学者の発表は信用できない」「データは隠蔽されている」と論点をすり替える。
 これでは、「スカラー波白装束集団」「足の裏診断」「ホメオパシー」を嗤えまい。

 地震直後から綿々と続いてきたこの手の「情報」に触れてしまった子供に、偏見をするなと言う方が難しい。そもそも大人、さらにはごく一部とはいえ医療従事者ですら、根拠のない偏見をもとに交流を拒んだわけである。

「思いやりをもって接し、…」と注意喚起をするのもいい。だが、「だって、怖いじゃん放射能!」と子供に言われたときに、それを説明できる大人がいなければ、偏見が消えるはずがない。必要なのは道徳心でなく、わずかな科学知識。

「放射能怖い」避難児童に偏見
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1569226&media_id=2

2011年04月13日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

100年計画?10年計画?

■福島原発の廃炉作業に最長100年…英科学誌
(読売新聞 – 04月13日 18:04)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1568838&media_id=20

原文↓
http://www.nature.com/news/2011/110411/full/472146a.html
「封印し、百年がかり」は
“My bet would be: you seal it and wait a hundred years,” says Alan Johnson, a retired reactor physicist who was head of Britain’s Sella­field nuclear processing site in the late 1980s. ”
だろうが、

それに対する著者 (Geoff Brumfiel) と「スリーマイル島原発の撤去・除染にかかわった専門家 “Jack Devine” 氏」のコメント
“But natural disasters are rare in England. Given the threat of major earthquakes, tsunamis and typhoons that could strike Japan in the decades to come, DeVine has his doubts about applying the same strategy. “Bottling it up and leaving it seems to me to be a really bad choice,” he says.
(自然災害がほとんどない英国と、地震や津波・台風の危険性がある日本とでは状況が違う。Devine氏はセラフィールドと同様の戦略(封印&塩漬け)をとることに懸念を示し、「封印&塩漬けは最悪の選択肢」と述べた。若干意訳)
にも触れて欲しかったところ。

同じnatureのサイトだが、こんな記事がある。面白い。
“How Fukushima is and isn’t like Chernobyl”
http://blogs.nature.com/news/thegreatbeyond/2011/04/how_fukushima_is_and_isnt_like_1.html
なお、リンク先の汚染地図は上下で縮尺が違うし、汚染レベルも別の尺度。チェルノブイリとキエフの距離が約100kmなので、地図上同じ長さでも、福島の地図より2-3倍遠い。

●レベル7で報道が過熱するのは無理もないが、福島とチェルノブイリは全く異なる。

●たしかにどちらの事故でも、広範囲で汚染が起きている。

●しかし大きな違いは、事故の「タイムスケール」。
チェルノブイリ:広範囲に汚染された物質が飛び散り、放射性降下物も大気中に相当量ばらまかれた。4/26の事故発生後、火災は5月5日まで続き、200000平方キロにわたって放射性物質が飛散した。環境中に放出された放射性物質の総量は、1400万テラベクレル。
福島:飛散している放射性物質は緩やかに減少を続ける。現状、放出された放射性物質の総量は50万テラベクレル。チェルノブイリの最初の一ヶ月での放出量について確実なデータがないが、「恐らくは」50万より遙かに多い。

●チェルノブイリのように、「急いで避難」する必要性は薄い (原文: dramatic evacuation)。短期間で健康被害が出る放射線レベルではないため。汚染レベルのデータが揃えば、そのデータに基づいて地域ごとに避難勧告を出すことが必要だろう。

●放出のペースが遅い分、対策に時間を割けるのはメリットだが、完全な除染・廃炉にはなお時間を要するだろう(上の文章へリンク)。

さすがNature。

…もちろん繰り返すが、東京の放射線が健康影響を気にするレベルでないことは、今まで通り。

2011年04月11日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

都知事選挙と疫学研究

ひとやすみ。

疫学では、「ある一時点で、がんにかかっている人が何人・何%いるか」を評価するのを横断的研究、「特定の集団を10年間追跡したとき、何%ががんにかかるか」を評価するのを縦断的研究と呼ぶ。

さて、まず今回の結果をみてみよう。これは横断的研究。
ドクター・中松 無所属 48,672票 0.81%
谷山雄二朗   無所属10,300票 0.17%
古川圭吾 無所属6,389票 0.11%
杉田健 新しい日本 5,475票 0.09%
マック赤坂 スマイル党 新 4,598票 0.08%
雄上統 東京維新の会 3,793票 0.06%
姫治けんじ 平和党核兵器廃絶平和運動 3,278票 0.05%

「泡沫候補の雄」、ドクター中松はともかく、キャラだけは立っていたマック赤坂が意外に伸びず。

続いて「縦断的研究」。やはり、対象はドクター。
票数を見たとき、直感的に「少ない!」と感じた。
以降、ドクターの得票数を都知事選に絞って追ってみる。

2011年 48,672票 0.81%
2007年 85,946票 1.56%
2003年 109,091票 2.48%
1999年 100,123票 1.83%
(1995年は立候補せず)
1991年  27,145票 0.59%

初挑戦の1991年に迫る惨敗。年齢のハンデはあるだろうが、ドクターに入れる人がドクターの年齢を弱点とみなすかどうか。ご本人は144歳まで生きると豪語しているのだ。
なお1991年は、wikipediaの記述を信じるならば、新自由クラブからUFO党・サラリーマン新党まで8政党の推薦・支持を受けている。8党相乗りでこの得票率、ある意味で不滅の大記録。

2003年に10万票。 得票率2.48%。
政党の推薦を受けるか、元議員で無所属出馬 (上田哲&柿沢こうじの両氏)以外で、ドクターのこの得票率を超えたのは、第一回1947年選挙の2人のみ。

新聞でもただ一人「有力候補」に仲間入りするのが、縦断研究でなんとなく腑に落ちた。

2011年04月10日 所長ブログより

2011年9月13日 火曜日

4/12修正)ミネラルウォーターを医療経済する

少々落ち着いては来ましたが、まだまだ品薄のミネラルウォーター。
 「放射能の水道水への影響」は前回お話ししたとおり、「環境基準値の2倍のヨウ素131が入った水を毎日1リットルずつ、3年8ヶ月間飲み続けると、大人になるまでに甲状腺がんにかかる可能性が『20,000人に1人』から『20,000÷3.15=6,300人に1人』になる」というレベルです。
 
 とはいえ、「少しでも危険があるのなら、多少お金を払ってでもミネラルウォーターを使いたい!」と考える方もいると思います。今回は、前回お話しした「健康への影響」に加えて、「お財布への影響」を評価してみます。

ものを買うときに、その値段だけを気にすることはまずないと思います。より価値のあるものならば、高いお金を払っても買いたくなるでしょう。お財布への影響を評価するときには、「かかるお金」だけでなく、「得られるメリット」も一緒に考えなくてはなりません。

 すなわち、ミネラルウォーターを買うことを「健康への投資」と考えたときに、投資に見合った効果があるかどうか、「費用対効果」に優れているかどうかを計算するのです。なおここでいう効果は、「経済効果」とは別物です。効果とは、健康上のメリット(がんにかからなくて済むとか、長生きできるとか)をさします。今回得られる健康上のメリットは、「赤ちゃんが甲状腺がんにかかる可能性が減る」ことです。

まず、選択肢を二つつくります。
水道水チーム: 「規制値の2倍、1リットルあたり200ベクレルの水道水を、3年8ヶ月間1日1リットル飲む」
ミネラルウォーターチーム:「2リットル100円のミネラルウォーターを、3年8ヶ月間1日1リットル飲む」

今評価したいのは「ミネラルウォーターチーム」の費用対効果なのに、どうして水道水チームが必要なのでしょうか?
それは、「もしミネラルウォーターを買わなかったら?」を考えればはっきりします。
ミネラルウォーターを使わない場合は、当然水道水を使い続けることになります。
ですから、「投資に見合った効果があるか?」を見るときには、「ミネラルウォーターはいくらかかって、健康上の危険性をどれだけ減らせるか?」ではなくて、
「ミネラルウォーターを使うと、『水道水と比較して』いくら余計にお金がかかって、健康上の危険性を『水道水と比較して』どれだけ減らせるか?」を評価する必要があるのです。

 このような分析(医療経済評価とよびます)では、評価したいもの(ここでは、ミネラルウォーター)に関して、「手前味噌」にならないように控え目な推計をするのが原則です。これを「保守的な分析」と呼びます。
 ミネラルウォーターに甘い条件を仮定して分析し、そのもとで良い結果が出たとしても、「甘い仮定が崩れたらどうなる?」と反論されたら、結論は崩壊してしまいます。しかし、ミネラルウォーターに厳しめな条件のもとでも良い結果が出たならば、結果の確実性は高まるでしょう。

 ただし今回は、控え目にやるとミネラルウォーターチームが大負けしてしまうので、ミネラルウォーターにかなり甘い条件をおきました。
 実際には東京の浄水場で規制値を上回るヨウ素が検出されたのは、複数ある浄水場のうちの1箇所のみ(金町浄水場)、なおかつ3月15日の1日のみです。
しかしこの結果を用いますと、ミネラルウォーターに勝ち目はありません。そこでかなり甘めの条件をつけました。具体的には東京都の水道水はすべて規制値の二倍の水準 (1リットルあたり200ベクレル) 汚染され続け、なおかつミネラルウォーターは格安で手に入るものとしました。

 細かい分析手法を説明すると長くなってしまいますので、どのような要素を組み込んだのかを、費用(お金)と効果(健康上のメリット)それぞれについて記します。

 まず費用ですが、ミネラルウォーターと水道水のコストを組み込みました。そして、甲状腺がんにかかったときの治療費も組み込みました。重症度によって治療費は20万円から100万円まで変わってきますが、ここでは手術を含む高めの医療費 (1件あたり100万円)を採用しました。甲状腺がんの治療費を高く見積もれば、それだけ病気の影響を大きく見積もることになり、結果的にはミネラルウォーターに甘めの推計になります。なお今回は医療関係のコストのみを評価するため、買い物に行くときにかかる交通費や、仕事を休んで看病をすることによる労働損失は組み込んでいません。もっとも、これらのコスト・特に看病の労働損失のコストを入れても入れなくても、最終結果に大きな影響はありません。なぜなら、甲状腺がんにかかる可能性は、最初に述べたようにもともと低いためです。
 
 続いて健康上のメリットです。
 甲状腺がんは、がんの中では比較的見込みが良好で、10年生存率は90.3%です。本来はさまざま細かな評価が必要なのですが、ここでは単純化して、「甲状腺がんを発症した人のうち、100-90.3=9.7%の人はすぐに死亡し、その他の人は10年間治療をしたのち治癒する」と仮定しました。
 健康上のメリットを評価する際に、「何年生きられたか?」の平均余命・生存年数をものさしにした場合、甲状腺がんで亡くなる人(患者1000人のうち93人)を減らす効果は組み込めますが、甲状腺がんにかかって苦しむ人を減らす効果は組み込むことができません。前者を死亡減少効果、後者を罹患減少効果と呼びます。

 後者のような生活の質の低下を、うまく組み込める方法があります。ピンピンに元気な状態を100点満点、死亡を0点として、健康状態に点数をつけるのです。海外の研究によりますと、甲状腺がんの点数は50点。「ピンピンで10年生きる」と「甲状腺がんで10年生きる」、生存年数をものさしにしたら、どちらも当然10年。ところが、先ほどの点数を使って健康状態に重み付けをしてやりますと、前者は100点満点で10年だから、100/100×10=10年。後者は50点の状態で10年だから、(50/100)×10年=5年。すなわち、「甲状腺がんで生きる10年間は、ピンピンで生きる5年と同じ価値をもつ」あるいは「甲状腺がんで10年過ごすと、ピンピンで10年生きると比べて10-5=5年分損をする」と解釈できます。この「ピンピンな状態に換算した生存年」を、「質調整生存年 (QALY)」とよびます。

 今回の分析では、このQALYをつかって、「甲状腺がんの死亡を減らせることによる寿命延長効果」と「甲状腺がんにかかる人を減らせることによる生活の質の向上効果」の双方を評価しました。

 さて、結果はどうでしょう。
 まずコスト面です。
 水道水をミネラルウォーターに変えることで、水そのもののコストは62,900円増加します。
 その一方、20歳までに甲状腺がんにかかる可能性を6,300人に1人から20,000人に1人に減らせます。新生児10,000人に水道水を飲ませるのとミネラルウォーターを飲ませるのとで、甲状腺がんの発症者をちょうど1人 (1.5人から0.5人)に減らせる計算です。1人当たりの医療費削減額は、高く見積もって900円程度。
 トータルでは62,900 – 900 = 62,000円のコスト増大になります。

 続いて、健康上のメリットです。
 1人当たりに直しますと、「寿命を延ばす」メリットが0.00033年。「生活の質を向上させる」メリットが0.00043年。二つ合わせて、0.00076年。365×0.00076=0.3日ですから、平均で「0.3日分、元気で生きられる」ことになります。

 62,000円かけて、獲得できるのは0.00076年。
 1年あたりに直しますと、62,000÷0.00076=8,300万円。別の研究のデータを入れて、甲状腺癌のリスクをもっと高く見積もっても、1年あたり6,000万円。この金額は大きければ大きいほど、「費用対効果が悪い、かけるお金に見合った健康上のメリットがない」ということになりますが、健康な1年に6-8000万円はどうでしょう?
明確な基準があるわけではありませんが、国内外の調査研究によりますと、「費用対効果に優れる」と「費用対効果に劣る」の境目は、ピンピンな1年あたり500万円から600万円。1年あたり1,650万円という「ミネラルウォーターの費用対効果」は、この数値を大きく上回っています。

 ちなみに他の医療技術はと言いますと、HPVワクチンは1年あたり200万円。乳がん治療につかう分子標的薬・ハーセプチンは260万円。禁煙につかうニコチンパッチやチャンピックス(飲み薬)は、「医療費は安くなって、寿命は延びる」結果になります。

 医療経済評価の結果のみをもって、「ミネラルウォーターは買うべきではない」とまではもちろん言えません。しかし、他のくすりや医療技術と比較した際、相当甘い分析をしても、「コストに見合ったメリット」はなさそう…というのが、今回の結論です。